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津地方裁判所熊野支部 平成5年(ワ)37号 判決

三重県熊野市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

伊藤誠基

石坂俊雄

村田正人

福井正明

東京都中央区〈以下省略〉

被告

岡三証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

大江忠

大山政之

主文

一  被告は、原告に対し、金四四〇万円及びこれに対する平成六年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  主文第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する平成四年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告(証券会社)の従業員が原告の預託した一〇〇〇万円を用いて、原告に無断で、あるいは投資対象に関する十分な説明なしに証券取引に疎い原告に極めて危険性の高いワラントを購入させ、同ワラントが無価値になったことで預託金相当額の損害を与えたとして、被告に対し、損害賠償を求めた事実である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告(大正一二年○月○日生)は、昭和二一年五月、三重交通株式会社に入社し、昭和五五年八月同社退職後、妻と二人で年金生活を送っていた者である。(甲第三〇号証)。

(二) 被告は、有価証券の売買等の媒介、取次及び代理等を目的とする株式会社である。

2  事実の経過

(一) 原告は、平成元年九月一九日、被告の外務員Bの勧誘に従って退職金の一〇〇〇万円を被告に預託した。

被告は、同日、右一〇〇〇万円で投資信託「システムユニット八九」一〇〇〇口の買い付けを執行した。

(二) 平成三年三月一日、原告の担当がBからCに代わった。

(三) 同年一二月一八日、「システムユニット八九」七五〇万円で処分され、同月二〇日投資信託「インデックスオープン二二五」が七四九万五七四五円で購入された。

(四) 平成四年一月八日、「インデックスオープン二二五」が七五九万〇九八三円で売却された。

(五) 同月九日、東洋インキ製造株式会社(以下「東洋インキ」という。)のワラントが単価一四・一円で額面五〇〇〇万、合計七一一万三七〇五円で購入された。この買付代金には、「インデックスオープン二二五」の前記売却代金のうち七一一万三七〇五円が充当された。同ワラントは、同日のうちに七三一万〇六四六円で売却された。

翌一月一〇日、同ワラント額面四五〇〇万(以下「本件ワラント」という。)が合計七一二万八八一三円で買い付けられた。

(六) 本件ワラントは、平成五年二月二六日段階で時価評価損が六七五万円であり、現価は三一万五〇〇〇円になっていた。

さらに、本件ワラントは、平成六年三月一六日の行使期間の経過とともに無価値となった。

3  投資信託

(一) 投資信託は、有価証券の専門家が、多数の投資家から集めた基金を証券投資で運用し、その運用益を投資家に分配する金融商品である。投資家の権利は、有価証券に化体され、証券会社が募集し、売買、利益配分等の業務を行う。資金運用者は、証券会社と委託会社からなり、前者が集めた資金を後者が株式や公社債に投資して運用を行う。これを信託銀行が管理・計算するという仕組みである。

(二) 株式投資信託は、株式に投資して基金の運用を図るが、相場変動のリスクを回避するため、国債など安全な公社債を組み入れている。株式の組入比率の大小により、成長型、安定成長型、安定型に分類される。成長型は株式の組入比率の制限がなく、安定成長型は六〇から七〇パーセント、安定型は五〇パーセント以下の制限がある。組入比率の高いものほどリスクも高い。

(三) 株式投資信託は、最初に募集したファンド(信託財産)にその後元本を追加設定できるかどうかによって、単位型(ユニット型)と追加型(オープン型)に分類される。ユニット型は株式の組入比率を抑えているのに対し、オープン型は組入比率に制限がなく、高収益が期待できる一方、損する危険も大きい。

(四) 「システムユニット八九」は、安定成長型・単位型の投資信託で、株式比率は八〇パーセントとされている。

「インデックスオープン二二五」は、成長型・追加型の投資信託である。

4  ワラント

(一) ワラントとは、新株引受権付社債(ワラント債)から社債部分を切り離し、新株引受権だけを独立させて流通させたものであり、予め決められた権利行使期間内に、予め決められた権利行使価格に取得株式数をかけた金額(本件では約四五〇〇万円)をワラント発行会社に払い込むことによって予め決められた数の新株を取得することができる権利である。

(二) ワラントの取引価格は基本的に株価に連動して変動するが、その変動幅は株価の数倍に及び、投資金額全額を失う危険がある。

(三) 新株引受権を行使しないまま、行使期間が経過すると、ワラントは経済的に無価値となる。したがって、投資家がワラントを買い付けた場合には、所定の行使期間内にワラントをそのまま売却するか、新株引受権を行使して新株を取得するかを選択しなければならない。

二  争点

1  Bの行為の違法性

(一) Bは、原告から預託を受けた一〇〇〇万円を原告に無断で投資信託「システムユニット八九」の購入に当てたか。

(1) 原告

Bは、一〇〇〇万円の預託を受けたことを奇貨として、原告の他に流用しないでほしい旨の委託に反し、無断で「システムユニット八九」の取引をさせたものであり、顧客に対する誠実義務、善管注意義務に違反する。

(2) 被告

Bは、原告の指示に従って、「システムユニット八九」の買付注文を執行し、また一〇〇〇万円はその買付代金として受領したものであって、誠実義務、善管注意義務に違反していない。

(二) Bには、投資信託取引につき説明義務違反があったか。

(1) 原告

Bは、原告に対し元本が保証されるという虚偽の説明をして「システムユニット八九」の取引をさせた。

仮に、元本保証である旨いわなかったとしても、Bは、原告に投資経験が無く、年金生活者であり、預託を受けた一〇〇〇万円は退職金を当てたことを知っていたのであるから、元本保証でない旨を明確に説明する注意義務があった。にもかかわらず、同人はこれを怠り、漫然と有利性のみを強調して断定的判断と誤解を受けるような甘言を弄し、株式投資信託の購入を勧めたものであるから、明らかな説明義務違反である。

さらに、Bは、投資信託の仕組みについても十分な説明をしていない。

(2) 被告

原告が、「システムユニット八九」を買い付けた際、Bは投資信託の内容、仕組みについて説明した後、同投資信託のパンフレット(乙第一一号証)を交付し、成長性に留意して選んだ銘柄に投資するので期待できると説明した。原告は、右パンフレットを読み、Bの説明を聞いた上で買い付けに踏み切った。右パンフレットには、この商品が単位型株式投資信託であり、投資対象の八〇パーセントは株式であること、元金が保証されるものではないことが記載されている。原告は、同投資信託を買い付けた後も、被告を通じて数銘柄の投資信託を売買していた。この中には損失を出して売却したものもあるが、原告は何ら異議を述べていない。また、原告は、買い付けた投資信託のうち、数銘柄について信託期間内に支払われる投資分配金を受領していた。これらの事実に照らせば、原告は、場合によっては買付金額を下回ることもあるという、投資信託の性質を理解した上で取引を行っていたことは明白である。

(三) Bの勧誘行為に適合性原則違反はあったか。

(1) 原告

証券会社は、顧客の動向、財産状態及び投資経験等に適合した投資勧誘を行わなければならない(適合性の原則)。

Bは、原告が年金生活者で投資経験がないことを知っていたのに、退職金を危険性の高い成長型株式投資信託の購入に当てることを勧めたものであって、その勧誘行為は適合性の原則に反した違法がある。

(2) 被告

適合性の原則は、もともと私人間の関係を直接規律することを目的として定められたものではなく、必ずしも一義的に明確な規範でもない。したがって、このような基準を、不法行為の成否の基準として直ちに適用するべきものではない。

また、Bの勧誘行為は、何ら適合性の原則に反したものではない。

2  Cの行為の違法性

(一) Cには誠実義務・善管注意義務違反があったか。

(1) 原告

Cは、平成四年一月八日原告に無断で「インデックスオープン二二五」を処分し、その処分代金で同日九日、東洋インキのワラント額面五〇〇〇万を購入して即日処分し、その処分代金で同月一〇日本件ワラントを購入し、誠実義務、善管注意義務に反する違法な取引行為をした。

(2) 被告

Cは、新株引受権証券取引説明書(甲第七号証)を使用して、ワラントとは新株を引き受ける権利であり、この権利が売買されること、価額については株の数倍の上下動があること、権利行使期間があり、この期限までに新株を引き受ける権利を行使しなければ紙屑となってしまうことを説明し、原告は、これを聞いた上で「インデックスオープンン二二五」を売却して東洋インキワラントを買い付けることにしたものである。したがって、Cには誠実義務、善管注意義務に反する行為はなかった。

(二) Cには説明義務違反があったか。

(1) 原告

Cは、ワラントとは新株引受権証券であること、権利行使期間があり、期間を徒過すれば無価値となること、権利行使価格が決まっており、権利行使のために代金を払い込む必要があること、株価が権利行使価格以上に値上がりしないと権利行使の意味がなくなる特性を有していることなどの説明をせず、かつ、株式とは質的に異なる価格変動が激しい超ハイリスク商品であることを告知することなく、東洋インキ製造のワラントを購入させたものである。

(2) 被告

(一)で述べたとおりであり、Cには説明義務違反はない。

(三) Cには適合性原則違反があったか。

(1) 原告

Cは、年金生活者で、株式、投資信託ですら十分な知識と経験のない最も不適格な原告に危険なワラント取引をさせたものであり、適合性原則に違反する違法行為をなした。

(2) 被告

原告は、平成二年一一月から一二月にかけて三重交通株式を売却し、この代金の一部を充当して、平成三年一月九日に三井造船株式を一万四〇〇〇株買い付けたのを皮切りに、被告を通じた株式取引を継続してきたものであり、この間の投資金額は、「システムユニット八九」を含めると約三〇〇〇万円程度であった。

このような原告に対し、「システムユニット八九」で生じた二五〇万円の損失を挽回するための一方策として、代金七〇〇万円程度のワラントを紹介することは、適合性の原則に反しない。

(四) Cには詐欺と同視すべき違法行為があったか。

(1) 原告

東洋インキワラントは、株価実績からしてもワラント価格実績からしても、利益が上がる可能性はあるとは到底考えられず、しかも、平成四年一月はいわゆるバブル経済がはじけ、時価もワラント市場も低迷していた時期であるから、このようなときに年金生活者で投資経験のない原告に対して本件ワラントを勧誘することは詐欺にも等しい違法行為である。

(2) 被告

Cが本件ワラントを勧誘したことに違法性は全くない。

3  被告の責任

(一) 原告

B、Cの前記違法行為は被告の事業の執行につきなしたものであるから、被告は民法七一五条により損害賠償責任を負う。

(二) 被告

B、Cの行為に違法性はなく、被告が使用者としての責任を負ういわれはない。

4  損害額

(一) 原告

原告に生じた損害は、金一〇〇〇万円(原告が被告に預託した一〇〇〇万円が最終的に本件ワラントの購入代金に当てられ、同ワラントが無価値同然になったことによって発生した預託金相当額の損害)と弁護士費用一〇〇万円である。

(二) 被告

争う。

第三争点に対する判断

一  証券投資において、投資者が利用しようとする相場は、将来の経済情勢、政治状況等の不確定な要素によりたえず変動するものであるから、証券投資は本来的に危険を伴う取引であるといえる。したがって、あえて証券取引に入ろうとする者が相場の下落による損失をも負担するのは当然であり、投資者は、開示された情報を基礎に、自らの判断と責任において、当該取引の危険性及び自己がその危険に耐えるだけの財産的基礎を有するかどうかを判断して取引を行うべきである(自己責任の原則)。このことは、株式の取引だけではなく、本件で問題となっている投資信託やワラントの取引についても当然に妥当するものである。

しかし、証券会社が相場を左右する諸要因をはじめとして、証券発行会社の業績、財務状況等についての高度の専門知識、経験、情報等を有している一方で、多くの一般投資家は、必ずしもこれらを有せず、主として証券会社から得る情報等を信頼して取引の判断をせざるを得ない状況にある。このような状況の下では、専門家としての証券会社又はその使用人には、投資者の年齢、職業、財産状態、投資目的、投資経験等に照らして、当該投資者にとって、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したり、投資者が投資するか否かを判断するための重要な要素である当該取引に伴う危険性について、正しく認識するに足りる情報を提供しなかったり、虚偽の情報や断定的情報を提供して取引に伴う危険性についての顧客の認識を誤らせるなど、投資者の自由な判断と責任において決定することが期待できないような、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって投資を勧誘することを回避すべき法的な注意義務があるというべきである。

そして、右勧誘時の注意義務違反の有無等は、当該取引の一般的な危険性の程度、その周知度、顧客の投資経験、知識、職業、年齢、判断能力、当該取引の勧誘が行われた際の具体的な状況等に照らして判断されるべきである。

二  甲第一、第二号証、第三号証の一ないし五、第五号証の一ないし二八、第八号証、第三〇号証、第三一号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし四五、第四ないし第一三号証、証人B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  原告(大正一二年○月○日生)は、昭和二一年五月、三重交通株式会社に入社し、昭和五五年八月同社退職後、妻と二人で年金生活(原告の厚生年金が年間三〇〇万円、妻の国民年金が年間三五万円程度)を送っていた。

原告は、三重交通株三万一〇〇〇株を保有していたものの、証券取引をした経験はなかった。

2  昭和六〇年六月ころ、Bが原告宅を訪れ、国債を勧誘した。原告は、当時テレビで国債の利回りがよいと聞いていたのと、余裕資金が手元にあったので、同月一一日、一九万九八〇〇円を拠出して国債を購入した。さらに、昭和六一年六月二〇日、右国債の満期償還金で新しい国債を購入したが、以後、3の保護預かりまでの二年間、被告との間で新たな取引はなかった。

3  原告は、昭和六三年六月ころ、Bから三重交通株の保護預かりを勧誘され、同月一六日、同株式三万一〇〇〇株を預けた。

4  Bは、平成元年九月、原告に対し、投資信託「システムユニット八九」の購入を勧めた。その際、Bは、右投資信託のパンフレット(乙第一一号証)を持参し、今までの実績、相場、日経ダウ平均に連動していることを説明し、利息の税金を払ってもなお銀行の定期預金に比べて有利であるなどと述べた。右パンフレットには、「元金が保証されるものではない」旨の記載があった。しかし、Bは、その点の説明は明確にはせず、投資信託に成長型と安定型があること、その違い、「システムユニット八九」が成長型であることなどについても説明しなかった。また、原告の妻に対しては、「前回のものは一六パーセントで回っているから、このまま推移すると高利回りです。」などと説明した。

右勧誘の際、Bが原告に対し、「システムユニット八九」に関する受益証券説明書を交付したことを認めるに足りる証拠はない。

原告は、Bの勧めを聞いて右投資信託の購入を決め、退職金を預けていた銀行の定期預金を解約し、同月一九日、自宅で一〇〇〇万円をBに渡し、Bは、預かり金(甲第一号証)を原告に交付した。

Bは、原告が三重交通を退職した年金生活者であり、投資経験はなく、右一〇〇〇万円は退職金を引き出したものであることを知っていた。

Bは、同日、右一〇〇〇万円で「システムユニット八九」一〇〇〇口(一口一万円)の買付けを執行した。

5  原告は、平成二年一一月ころ、旧宅を処分して現住宅を購入するに際し、その費用に当てるため、被告に保護預りにしていた前記三重交通株を処分することにし、その旨に指示した。

同月二六日から同月二八日にかけて三重交通株一万九〇〇〇株が処分され、処分代金二三四一万九四五八円のうち一八〇〇万円を原告が受領した。Bが原告に対し、三重交通株は仕手で値が上がったので、また下がるおそれがあると説明したところ、原告は一万株だけ残し、残りを売却することにした。そこで、同月二九日二〇〇〇株を売却し、翌日、Bの勧めにより、売却代金二二八万五三一四円と前記一万九〇〇〇株の売却代金の残金五四一万四三一二円の合計七六九万九六二六円でワリトーを購入した。さらに、原告は、Bの勧めにより、同年一二月一九日、残る一万株も売却し、その代金一一七四万七一八〇円で同月二五日投資信託「パーソナルセレクトオープン環境保全ポートフォリオ」(成長型・追加型の投資信託である。以下「パーソナル環境保全」という。)を購入した。

6  原告は、平成三年一月一四日、ワリトーを七六二万九七七五円で売却し、同日、三井造船株一万四〇〇〇株を七三七万三五六五円で購入し、同月一七日、これを七三八万〇六二一円で売却した。

また、原告は、同月二九日、「パーソナル環境保全」を一一五〇万五四六九円で売却し、右代金を同日の古河電気工業株式二万四〇〇〇株の購入に当てた。

これらの取引は、いずれもBの勧誘によるものであった。また、「パーソナル環境保全」の売却では二四万円余りの損失が出たが、原告は特に異議を述べなかった。

7  担当がBからCに代わった後、原告は、平成三年三月一一日、千代田化工建設株七〇〇〇株を一九二四万八九二八円で、同月二八日、投資信託「日本オープン」を七〇万〇一三一円で、同月二九日、信越ポリマー株一万八〇〇〇株を一九二一万八七五一円で、同年四月五日、日立電線転換社債を一〇二万五八三三円で、それぞれ購入し、同月一七日、「日本オープン」を七〇万八八〇〇円で売却して投資信託「ジーエスファンド」を五一万六六一九円で購入し、翌日、「ジーエスファンド」を六六万八七四一円で購入し、同年五月二二日、日立電線転換社債を一〇二万九六二三円で処分し、同月二三日、三重交通株一〇〇〇株を一〇〇万一七二六円で、同年六月二六日、投資信託「パシフィックファンド」を一九一万七九四一円で購入し、同年四月から六月にかけ、信越ポリマー株を処分した。

原告は、同年八月二八日、「パシフィックファンド」の分配金三万一〇八〇円と口座の残金九〇二六円を受け取った。

これらの取引は、三重交通株の購入を除き、いずれもCの勧誘によるものであった。また、右取引について、原告は特に異議を述べたことはなかった。

8  原告が4で購入した「システムユニット八九」は、二年間のクローズド期間(売却できない期間)が経過したとき二五〇万円ほどの損が出ていた。そこで、Cは、原告に対し、平成三年一二月一七日、値上がり率の高い投資信託「インデックスオープン二二五」で運用したらどうかと勧めた。原告はこれを承諾し、翌日「システムユニット八九」を七五〇万円で処分し、同月二〇日「インデックスオープン二二五」を七四九万五七四五円で買い付けた。

Cは、同月二五日、原告の自宅へ「システムユニット八九」の預かり証を回収しにきた。原告は、これに署名押印してCに渡し、Cは「インデックスオープン二二五」の預り証を渡した。

9  平成四年になり、「インデックスオープン二二五」が値上がりしてきたので、Cは、原告に報告して売却を勧め、原告もこれを承諾し、同年一月八日、七五九万〇九八三円で売却した。

Cは、同月一三日、原告宅に「インデックスオープン二二五」の預かり証を回収しにきたので、原告は、これに署名押印してCに渡した。

10  Cは、平成四年一月九日の昼ころ、原告に対し、東洋インキのワラントが有望だから買ってみてはどうかと勧めた。その際、Cは新株引受権証券取引説明書(甲第七号証)を使用して、ワラントの価格が株価の動向で変動することを説明したが、変動の幅が極めて大きく投資金額の全額を失う危険性もあることや、権利行使して新株を取得するときに追加的に金員の支払が必要であることについては十分な説明をしなかった。原告は、Cの勧誘に従い、右ワラントの買付けをすることにし、国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(甲第二号証)に署名押印し、Cに渡した。

同日午後、Cは、東洋インキのワラントを単価一四・一円で額面五〇〇〇万、合計七一一万三七〇五円で買い付けた。買付け代金には、「インデックスオープン二二五」の売却代金七五九万〇九八三円のうち七一一万三七〇五円が充当された。

右ワラントは、その日のうちに値上がりし、二〇万円の利益が出たため、Cは、原告に対し電話で売却を勧め、原告も承諾した。同ワラントは、同日七三一万〇六四六円で売却された。Cは、同月一三日原告宅へ行き、右ワラントの預かり証(乙第七号証)に原告の署名押印をもらって回収した。

同月一〇日、東洋インキのワラントは前日より値上がりしたため、Cは、原告に電話でもう一度右ワラントを購入してはどうかと勧めたところ、原告は、買い付けの注文を出したため、同日、本件ワラント額面四五〇〇万が合計七一二万八八一三円で買い付けられた。買付代金は、前記額面五〇〇〇万のワラントの売却代金と口座の残金の合計七七九万二一七九円の中から充当された。Cは、同月一三日、本件ワラントの預かり証(甲第三号証の一)を原告宅に持参し、同人に預けた。

Cは、当時、原告が年金生活者であり、7の取引の外には、投資経験が乏しいことを知っていた。

11  原告は、Cの勧誘により、平成四年一月二七日、前記「パシフィックファンド」を一七六万六八九八円で売却し、翌日、この売却代金と原告の取引口座の残金を充当して、「インデックスオープン二二五」を二二一万九一七一円で買い付けた。「パシフィックファンド」については一五万円余りの損失が出たが、原告は、特に異議を述べなかった。

12  平成四年一一月ころ、原告の妻が前記退職金の預かり証が見当たらないとして、被告の尾鷲支店に電話したところ、既に被告が引き上げているとの説明があり、返還を申し入れたが拒絶された。

原告は、同年一二月二二日、尾鷲支店に出向き、支店長に対し、Bとの間で一〇〇〇万円は銀行の定期預金と同じ扱いにすること及び外に流用しない約束になっていたと話し、その履行を求めたが、話し合いはできなかった。

13  被告は、平成四年三月ころ、原告に本件ワラントの同年一月三一日現在の時価評価額(四五四万五〇〇〇円)と「ワラントの権利行使期限が終了しますと、その証券は自動的に新株引受の権利が消滅し無価値となります」という内容等を記載した通知書(乙第一〇号証)を発送したほか、同年一二月ころにも同旨の失権通知書を発送した。また、平成五年三月五日付けでも同様の通知書(甲第四号証の二、三)を発送し、これによれば、平成五年二月二六日段階で時価評価損が六七五万円であり、現価は三一万五〇〇〇円になっていた。

本件ワラントは平成六年三月一六日の行使期限を徒過したため、現在は無価値となった。

14  原告は、平成五年二月ころ、Bに対し電話を架け、「満期になれば一〇〇〇万円の元金とその利息が帰ってくるといったじゃないか。」と文句をいった。

三  右事実認定について、若干補足する。

1  Bが原告に対し「システムユニット八九」の元本は保証されない旨説明したか否かについて、証人Bは、説明したと供述する。しかし、原告は、退職金を預けていた定期預金を解約して一〇〇〇万円を預託したものである。元本が保証されない旨明確な説明を受けていたのであれば、年金生活者であり、かつ、それまで被告を通じて国債を購入したほかは証券取引の経験がない原告が、利率が有利というだけで貴重な退職金をかようなリスクの高い商品に投資するとは考えにくい。また、原告が、平成五年二月、Bに対し、「満期になれば一〇〇〇万円の元金とその利息が帰ってくると言ったじゃないか」と電話で文句を言っていたことは前記認定のとおりであり、これらの事情に照らせば、証人Bの右供述は信用し難いというほかはない(かえって、右電話の件に照らすと、Bは元本が保証される旨の説明をしていた疑いが強いとさえいい得る。)。

2  Cがワラントを勧誘した際の説明内容について、証人Cは、新株引受権証券取引説明書(甲第七号証)を使用し、株価の動向でワラントの価格が変動すること、場合によっては投資金額の全額を失うこともあることを説明したと供述する。しかし、年金生活者であり、それまでの投資経験も乏しい原告が、投資金額全額を失うおそれのある極めてリスクの高い商品を、それと知って買い付けるというのは、前記「システムユニット八九」以上に考えにくいことである。また、証人Cは、前記の説明をしたものの、原告の反応は覚えていないとも供述しており、これらに鑑みると、投資金額全額を失うこともあると説明したとの証人Cの供述は、にわかに措信し難いというべきである。

四  B及びCの勧誘行為につき検討する。

1  Bの勧誘行為について

(一) 原告は、Bが原告から預託を受けた一〇〇〇万円を原告に無断で「システムユニット八九」の購入に当てたと主張する。

しかし、前記認定事実によれば、原告は、Bの勧誘に従って右投資信託の購入を決め、その代金として退職金の一〇〇〇万円をBに渡したことが明らかであるから、原告の右主張は失当である。

(二) 原告は、Bが原告に対し元本が保証されるという虚偽の説明をしたか、そうでないとしても元本保証でない旨を明確に説明する義務があるのにこれをせず、さらに投資信託の仕組みについても十分な説明をしなかったとして、Bの説明義務違反を主張する。

前記認定のとおり、「システムユニット八九」は、安定成長型・単位型の株式投資信託であって、株式の組入比率が相当高く高収益が期待できる一方、公社債投信等に比べ危険も大きく、元本割れする危険性が不可避的に存在するものである。したがって、証券会社及びその営業担当社員は、顧客に対しかような株式投資信託の購入を勧誘する場合には、その特徴及び顧客の投資経験、投資目的等に鑑み、少なくとも右投資信託が元本割れの危険性を常に有していることについて十分説明し、顧客がそのことを的確に認識できるようにする義務があるというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、Bは、原告が年金生活者で投資経験も乏しいことを知りながら、「システムユニット八九」の実績、相場、日経ダウ平均に連動していること、利息の税金を払ってもなお銀行の定期預金に比べて有利であることなどを述べたにとどまり、最も重要な元本が保証されないとの説明を十分せず、右投資信託の仕組みについても十分な説明をしなかったのであり、前記の義務に違反しているといわざるを得ない。もっとも、Bが持参した「システムユニット八九」のパンフレット(乙第一一号証)には、前記のとおり「元本が保証されるものではない」との記載があるが、かような記載のあるパンフレットを見せ、あるいは交付したからといって、原告が証券取引の経験に乏しかったことに鑑みれば、それだけで説明義務が尽くされたとはいい難い。

被告は、原告が「システムユニット八九」を買い付けた後も、被告を通じて数銘柄の投資信託を売買しており、この中には損失を出して売却したものもあるのに何ら異議を述べていないこと、数銘柄について投資分配金を受領していることを理由に、原告は買付金額を下回ることもあるという投資信託の性質を理解した上で取引を行っていたと主張する。

原告が「システムユニット八九」の買付後、「パーソナル環境保全」、「日本オープン」、「ジーエスファンド」、「パシフィックファンド」等の投資信託を売買したこと、その中には損失を出したものもあるが、同人は特に異議を述べていなかったことは前記認定のとおりである。しかし、そうであるからといって、必ずしも、原告が投資信託の元本割れの危険を理解していたということはできず、むしろ、同人の投資経験の乏しさ及び前記認定にかかる投資信託の売買経過に照らすと、同人はB及びCから右投資信託の処分ないし購入を勧誘されるまま、熟慮することもなく、右勧誘に従っておけば最終的に損失を出すことはないだろうとの期待のもとに、右処分ないし購入を行っていたと推認するのが相当である。そうとすれば、原告が異議を述べなかったことをもって説明義務違反がなかったものとする被告の主張は理由がないものといわざるを得ない。

また、原告が投資分配金を受領しているからといって、投資信託の元本割れの危険を理解しつつその取引をした証左にはならないというべきである。

(三) 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、Bの勧誘行為は社会的に相当性を欠いた違法なものといわざるを得ない。

2  Cの勧誘行為について

(一) 原告は、Cが無断で「インデックスオープン二二五」を処分し、その処分代金で東洋インキのワラントを購入して即日売却し、その代金で本件ワラントを購入したものであって、誠実義務、善管注意義務に違反すると主張する。

しかし、前記認定事実によれば、原告は、自己の意思で「インデックスオープン二二五」を売却し、その代金で東洋インキのワラントを買い付け、これを売却した上さらに本件ワラントを買い付けたものであるから、原告の主張は理由がない。

(二) 原告は、Cがワラントの特性について十分な説明をすることなく、かつ、株式とは質的に異なる価格変動が激しい極めて危険な商品であることを告知することなくワラントを購入させたとして、Cには説明義務違反があったと主張する。

前記認定のとおり、ワラントは、その取引価格の変動幅が株価の数倍に及び、投資金額全額を失う危険がある上、権利行使期間内に新株引受権を行使しない場合には経済的に無価値となり、権利行使をする際には権利行使価格に取得株式数をかけた金額(本件では約四五〇〇万円)の支払が必要となるなど、通常の株式取引に比較し、極めて不安定かつハイリスク・ハイリターンな金融商品である。したがって、証券会社及びその営業担当社員は、顧客に対しワラントの購入を勧める場合には、ワラントの特徴及び顧客の投資経験等に鑑み、ワラントのかような特性を十分説明し、顧客がそのことを的確に認識できるようにすべき義務があるというべきである。

これを本件について見るに、Cは、前記認定のとおり、原告が年金生活者であり、かつ投資経験の乏しいことを知りながら、ワラント取引では投資金額の全額を失う危険があることや、権利行使して新株を取得するときに追加的に金員の支払が必要であることについて十分説明をしなかったものであって、右説明義務に違反したものといわざるを得ない。

そうとすれば、その余の点について判断するまでもなく、Cの勧誘行為は社会的に相当性を欠き、違法であるというべきである。

3  被告の責任

以上のとおり、原告は、一〇〇〇万円を被告に預託して投資信託「システムユニット八九」を購入し、これを売却したこと、その売却代金で投資信託「インデックスオープン二二五」を購入し、これを売却したこと、売却代金で東洋インキの額面五〇〇〇万のワラントを購入し、その売却後、売却代金で本件ワラントを購入したこと、「システムユニット八九」と東洋インキのワラントの購入は、BとCの違法な勧誘によるものであること、本件ワラントは権利行使期間を経過したために無価値となったことが認められる。右事実経過を全体としてみるならば、預託した一〇〇〇万円は結果的に本件ワラントの購入に向けられて無価値となったというべきであり、かつそれはB及びCの違法な勧誘によるものであるというべきである。

BとCの右勧誘行為が被告の職務の執行としてなされたことは、弁論の全趣旨により明らかである。

以上によれば、被告は、民法七一五条により、原告に対しその損害を賠償する責任を負うというべきである。

4  損害額

投資者が外務員の違法な勧誘により証券を購入した場合の損害は、購入のために支出した費用と右証券の現存価値との差額と解するのが相当であるところ、本件ワラントは既に権利行使期間を経過し、無価値になったことは前記認定のとおりであるから、結局原告の損害は支出額の一〇〇〇万円となる。

5  過失相殺

原告は、Bから「システムユニット八九」の勧誘を受けた際、元本が保証されていない旨の記載あるパンフレット(乙第一一号証)を交付されたのであるから、それを熟読していれば、右投資信託のリスクについて容易に知ることができ、Bにもこれを尋ねることができたはずである。また、ワラントについても、Cの勧誘に欺罔や断定的判断の提供等強度の違法性があったとまでは証拠上認められない上、Cは、投資金額の全額を失うこともあると記載された新株引受権取引説明書(甲第七号証)を用いて説明したのであるが、原告としては、証券取引について素人とはいえ、右説明書の交付及び閲覧を求めることもCに対しワラントの内容について質問することもできたはずであり、そうすれば、ワラントが極めて不安定でリスクの高いものであることを知り得たと解される。さらに、原告は、被告から平成四年三月ころには本件ワラントに評価損が生じていることの通知を受けていたのであるから、その段階でCに連絡の上権利行使期間内に売却して損害の軽減を図ることも不可能ではなかったと考えられる。

右の事情に照らせば、原告にも相当の落ち度があったというべきであり、過失相殺として損害額の六割を減ずるのが妥当である。

そうすると、原告の損害額は、四〇〇万円となる。

6  弁護士費用

原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したことが弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の難易、審理経過、前記認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件違法行為と相当因果関係あるものとして被告に請求し得べき弁護士費用の額は、四〇万円をもって相当と認める。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し四四〇万円とこれに対する権利行使期間である平成六年三月一六日が経過し損害額が確定した同月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂倉充信)

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